『待合室』14号掲載記事

線路のないローカル線
―JRバスのローカル路線―

(9) 厳冬のJRバス深名線の状況


95年9月3日限りで廃止されたJR深名線は、JR北海道バスに転換されてからすでに2年余りが経過している。 会報待合室7号でバス転換の様子を掲載しているが、今回は「冬」、しかも道内有数の豪雪地帯を走るこの長距離路線バスの様子をお伝えしよう。

私が深名線を訪れるのは鉄道時代を通じて4回目で、春、夏、秋は訪れた事があるが、冬に訪れるのは初めてだ。 深川駅前11時35分発幌加内行き各停に乗り込む。やってきたのは一回り小さい中型のバス。乗ったお客は15人あまり。 旧深名線時代に駅のあった円山、上多度志を経由するために、国道 233号を離れ、脇道に入る。 国道ならば冬でも除雪され、道も広いし安全で走りやすいのだが。


冬の深名線へと出発(深川駅)

深川市街から出る頃にはスキーを履いて歩いている人も見かけた。やはり豪雪地帯との印象を受ける。 しかし今年の雪は少なく、道路横に積み上がっている雪も思っていたほどの量ではなかったが、「円山」に着く頃には猛烈な吹雪になった。 視界はほんのわずかで、急坂とカーブの多い区間の運転には神経を使うだろう。

途中のほとんどのバス停には待合室がなく、なんとかバス停の顔が見えているものの、冬の猛吹雪の中でバスを待とうとする人には厳しいだろう。 旧駅近くにできたバス停にはだいたい待合室があるものの、暖房などは当然ない。 これは深名線廃止問題が出てきたときから懸念されていたことだが、2年間で多少改善されてきているものの、まだ不十分の印象を受けた。 せっかく増やしたバス停もこれでは意味がなくなってしまいそうだ。

またもう一つの問題とされてきた「トイレ」も、「多度志」に設置するなど若干増えてはいるが、100キロを越える路線としては少なすぎる。

「上多度志」のバス停では旧駅の跡地を回転場にしていたが、雪が15センチぐらい積もっている場所でのUターンは埋まりそうで恐い。 バス後方から雪が吹きつけるため後ろのガラスは雪がびっしりついて真っ暗だ。 時折、運転手が降りてバスの底についた雪やワイパーの氷を落とすために停車もする。鉄道時代も厳しい路線であったが、バスになっても同様に厳しい。

それでも終点「幌加内」到着には4分遅れで済んだのはプロの腕か。冬でも吹雪でなければ定時運行は確保できるようだ。 10人余りの客が降り、残ったのは私とおばちゃん一人と乗ってきたお爺さんの3人だけ。このまま名寄駅前行きに変わる。 幌加内の駅舎はさすがにストーブが置いてある。中には子供とお年寄りの二人のみ。やや駅の雰囲気は変わってしまったが、なにかと利用して欲しいものだ。

13時08分に発車、お客は「上幌加内」と「政和」で降りてしまい、残ったのは私一人だけ、 運転手氏は話し相手のお爺さんがいなくなったため、私に声を掛けてくる。この先、終点名寄まで乗客は私一人であった。 しかも周遊券でタダ同然(一応周遊券はチェックして、人数報告するとの事)である。約1時間半にわたって、バス転換後の状況を聞かされた。


幌加内は数少ない駅舎利用の待合室

バス転換後の利用客は漸減しているそうだ。本数が増えたとはいえ、元々の利用客が分散しただけだという。 結果的に自動車を利用することに変わりはないようだ。幌加内の街で変わった点は、「幌加内そば」の文字がやたらに目立つようになったぐらいか。 町内唯一の温泉である政和温泉「ルオント」の利用者は減っているそうだ。当初は旭川などからも訪れていたが、最近は町内の客も少ないらしい。 「ルオント」には幌加内そばが食べられるレストランも併設されているが、宿泊施設がないのが響いている。

バスは朱鞠内駅を通過し、旧湖畔駅がある「三股」に向かう。途中に除雪車の隊列が見えた。 延長数十キロの担当であるから大変だ。現在は5センチ降れば動員がかかり、24時間体制で除雪している。 吹雪の中、地元独特の形で「朱鞠内型」と呼ばれる雪捨て用ダンプを押して除雪している人々の姿が見える。 この「朱鞠内型」は昔ながらの鉄の塊で、重く、豪雪地帯のため幅が通常の物より広い。 地元だけで製作されているが、将来的には過疎化と共に消えてしまうのだろう。

朱鞠内から先は地吹雪の名所で、運転手氏も全く視界が利かず、途中でしばらく停めることもあるという。 しかも最近、地吹雪で全く前が見えず、気付いた時には除雪車の横にピッタリくっついていたそうだ(もちろん始末書)。 周りは雪のカベのため、心理的にどうしても真ん中よりに走ってしまう。つまり冬はやはり危険ということ。 いくら道路を確保しても、風が吹けば安全性は依然として保証できてはいない。冬は雪よりも風の方が恐しい。 除雪されているとはいえ「母子里」までは特に難所だ。眼下になんとか白い朱鞠内湖が見える。実際に周りは吹きっさらしで、視界はほとんどない。

運転手氏は今日一日で、深川−名寄間往復と深川−幌加内間を往復する運用に当っている。一日当り平均 400キロに及ぶ距離を走る。 すでにバス転換後、バスの走行距離は60万キロを越えている。バスの更新も近いうちに行う必要に迫られるだろう。 だが沿線人口はわずか3000人あまり。ほとんどの便は空気輸送。運転手氏も暗闇の中、一人で運転して峠を越えるのは不気味で恐いそうだ。 いつまで現在の本数を維持できるのか、時間の問題と思える。

静まりかえっている「母子里」から山下りに入る。新しい道路のため、運転手氏も円山周辺の道よりも安心して走れる。 ようやく吹雪が晴れてきたが、車も人の姿も殆どない。「天塩弥生」や「西名寄」には、プレハブの待合室が置かれていた。 幌加内町内の待合室は木製の小さなロッジ型が多いが、名寄市に入ると味もそっけもない。自治体の対応の違いと思われる。 とはいえ幌加内も決して十分とは言えないが。

天塩川の橋を渡ると、遠くに旧深名線の鉄橋が見えた。ほんの一部しか線路は撤去されていない。名寄市街に入ると今度は大粒の雪になった。 名寄市街にもいくつかバス停が設置されており、最も立派なのが「市立病院前」だが、利用者はいない。 市内線としても厳しい状況であるようだ。駅前再開発が始まった終点「名寄駅前」には7分遅れの13時07分に到着した。 私と運転手氏お互いに「ありがとうございました」と礼を言うとバスは回送に変わり、3時間半の旅は終わった。

厳冬の深名線には、懸念されていた利用者の安全性には依然として課題が残っている。 利用者がいないも同然の路線とはいえ、1人でも利用者がいる限り努力は続けなければならないだろう。 他の転換バスには、良かれ悪かれ国のアメ玉である「転換交付金」で最低限の待合室だけは確保されていたが、このJRバス深名線にはほとんどない。 深名線は「転換交付金」もなく、利用者のみに跳ね返った形になっているのだ。 JRバスの方針も、よけいな金をかけたくないのが見え見えで、厚岸線、帯広市内線全面廃止など、厳しい態度にでている。

合理化と不採算路線切り捨ての中、このままの本数の確保はいつまで続くことができるのか。 また利用者のサービス、安全性の確保をどう守るのか。廃止を決定したJR北海道と自治体にはきちんとした対応策を、そして責任を持って行ってもらいたい。


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